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名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)1174号 判決

原告 山村満男

被告 国

代理人 横山静 横井芳夫 ほか一名

主文

被告は原告に対し、金五六万六三四二円およびこれに対する昭和五一年六月二五日から右支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一ずつを各自の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  昭和四〇年四月一六日当時、古沢出張所において登記簿(一)が公開されていたこと、右登記簿につき、同日受付をもつて、原告を権利者とする本件根抵当権の設定登記が経由されたこと、しかるに登記簿(一)は、昭和四九年三月二二日、登記簿(二)との重複を原因として閉鎖されたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない(なお、<証拠略>によると、登記簿(二)の表題部は、昭和四九年三月二二日、「所在、名古屋市南区松城町二丁目二五番地、家屋番号、二五番の二」と、変更登記されている。)。

そして、<証拠略>、および当事者間に争いなき事実を総合すると、左記の経過を認定することができる。

1  原告は、繊維および毛糸の卸を業とする訴外有限会社山村商店の代表者であるが、右山村商店は、昭和三六、七年から、洋品販売を業とする訴外有限会社フジクラヤに、衣料品等を販売し、その代金はすべて手形で決済させていた。

2  しかるにフジクラヤは、昭和三九年五月ごろ、経営不振に陥り、手形の支払いができなくなつた。

ところで、山村商店は、フジクラヤから受取つた手形のほとんどを、金融機関で割り引いて貰つていたのであるが、その手形が不渡りとなれば、山村商店自身の信用にも係わる。そこで原告は、フジクラヤの代表者であつた訴外高島(同人は、かねてから、フジクラヤの債務を連帯保証していた。)に金員を貸し与え、これを資金として前記手形の決済をさせることにした。

3  かくして原告は、昭和三九年一一月から翌四〇年四月にかけて、その主張するように三回に分けて、合計九〇万四二六一円を訴外高島に貸し付けた(本件貸金)。そしてその担保として原告は、便宜上、フジクラヤの振出しにかかる約束手形を数多く徴したのであるが、その中には訴外高島個人の署名捺印のあるものもあつた。

4  昭和四〇年四月一三日、原告は訴外高島から、登記簿(一)によつて表示される建物につき、「為替手形約束手形小切手の債務並に証書貸付の債務其他一切の債務」を被担保債権とする、元本極度額一〇〇万円の本件根抵当権の設定を受け、その登記は同月一六日、順位番号一番をもつて経由された。

5  前記の手形はその後、書替えを経たが、結局すべて不渡りに終つた。

そこで原告は昭和四八年五月二一日、前項の抵当権実行のため任意競売の申立てをし、同月二二日名古屋地方裁判所において不動産競売手続開始決定がなされ(同庁昭和四八年(ケ)第六四号)、同月二三日受付でその旨の登記も経由された。そして、この競売手続において、目的不動産は、不動産鑑定士によつて、金三二四万円の価額があるものと評価された。

6  一方、登記簿(二)には、昭和四六年一月二二日受付で、訴外ホリケン株式会社を権利者とする所有権移転請求権仮登記が経由されていた。そして右については、つとに昭和四七年七月七日に、強制競売手続の開始決定がなされ、昭和五〇年八月二九日には、第三者によつて競落されたのである。

7  原告は、登記簿(一)が閉鎖された後である昭和五一年二月二〇日、前述4の任意競売の申立てを、取り下げた。

以上のとおりであつて、これに反する証拠はない。そうすると原告は、登記簿(一)の閉鎖によつて本件根抵当権が対抗力を失つたため、債権回収の実をあげることができず、損害を蒙つたということができる。

そこで以下に、登記簿(一)が開設された経緯を審究することとする。

二  登記簿(一)が一元化の実施により新設されたものであることは、当事者間に争いがないのであるが、一元化は、昭和三五年法律第一四号不動産登記法の一部を改正する等の法律によつて実施されたものであつて、それまで不動産の物理的現況を把握する基礎となつていた台帳の機能を、登記簿の表題部の記載に吸収することを主眼とするものである。そしてその作業は、右法律第一四号附則二条・昭和三五年法務省令第一〇号不動産登記法施行細則の一部改正等の省令附則二ないし六条、および一元化実施要領(事実三4参照)に則つて行われたのである(ちなみに、<証拠略>によれば、一元化実施要領の第五・七・一〇の内容は、別紙記載のとおりである。)。

右各附則および一元化実施要領によれば、一元化とはひつきよう、登記用紙の移記・編綴の作業(<証拠略>によれば、これに、照合と総合点検の作業が加わる。)にすぎないうえ、極めて多くの事務量を短期間に完了しなければならぬ特殊の事態だつたのであるから、それが表示に関する事項であるとはいえ、そのすべてについて登記官が法ないし土地台帳法・建物台帳法に定められている調査権限を行使しなければ違法であるとするのは、余りにも難きを強いるものというべきである。

このことは、一元化実施要領の規定からも窺うことができる。すなわち、右要領の第七・第一〇は結局のところ、移記の結果二重登記となることが明らかな場合であつても、何ら調査することなしに、両者をいずれも新用紙に移記することとしているわけである(これは、莫大な量の作業を滞りなく処理するためのやむをえぬ措置ともいえるが、同時に、一元化完了後は台帳が閉鎖されてしまうので、そのすべての記載を、一旦は新表題部に洩らさず正確に移記しておくという要請によるものと解される。)。

如上のとおりであるから、古沢出張所の登記官が一元化にあたり調査義務を尽くしていないとする原告の主張は採用することができない。

三  もつとも、右一元化実施要領第七・第一〇は、その二項において、移記と同時に新用紙の第一葉上部欄外に、「類似新用紙何番」・「二重登記」・「何番と二重登記」・「敷地番何番と二重登記」のごとき記載をなすべき場合を規定しているところ、登記簿(一)については、かかる欄外記載がなされた形跡は証拠上認められないので、この点に登記官の過怠があつたのではないかということが問題となりうる。

そこでまず、要領第一〇(二重登録・二重登記の場合)について考えると、同規定は、「二重登録又は二重登記の疑いがあるもの」を、その括弧書きにおいて、「(同一の地番若しくは同一の家屋番号の附されているもの又は二重登録若しくは二重登記の旨が符箋等により明らかにされているものをいう。)」と定義している。これは、迅速を旨とする一元化の作業において疑義を残さぬための、限定的な定義と解するのが相当である。しかるに本件係争の建物は、本件登録および本件旧登記において、同一の家屋番号が附されていたわけではなく、符箋処理もなされていなかつたことは証拠上明らかであるから、要領第一〇第二項の欄外記載は、これをすべき限りでなかつたことになる。

つぎに、一元化実施要領第七(類似登記用紙)にいう「類似しているもの」の意義については、被告申出での証人石川正己も言及を避けているが、当裁判所は、つぎのように考える。すなわち、要領の第七も、第一〇も、同じく二重登記の疑いがある場合を規定しているのであるが、それらのうち、同一地番・同一家屋番号が附されているものや符箋処理がなされているものに限つて第一〇の処理をし、そうでないものは、第七に従つて処理をすべきであると解するのである。これを本件についてみるに、本件台帳と本件旧登記とは、家屋番号こそその枝番が三と五で違つているが、所在地番・種類・構造・床面積は全く吻合しているばかりでなく、本件台帳には、「登記年月日 一八年七月一八日、事由所有権取得、所有者 北区清水町五丁目三十一番地 高島良助」との記載も存するのであるから、これと、本件旧登記甲区二番の、「原因 昭和一八年七月一七日売買、取得者 名古屋市東区柳原町三丁目二十一番地 高島良助」という権利移転の経過の記載とを照合するならば、両者は、右要領第七にいう、「同一性を確認することはできないが、類似しているものと認められるとき」に該当するものと評さざるをえない(これをもし類似でないとするならば、要領第七がどのような場合を想定しているのか、考えにくい。)。

四  以上のとおり当裁判所は、一元化の作業自体においては、たとえ二重登記が生じたとしても、それは法の許容するところであつたと考えるが、登記簿(一)につき、一元化実施要領第七第二項に定められている欄外記載を怠つた点において、登記官には疎漏があつたと判断する(もしこの欄外記載がなされておれば、原告が何らの調査もすることなく本件根抵当権の設定登記申請をすることなど、ありえなかつたと考えられる。)。しかしそれにとどまらず、かくして開設された二重登記をそのまま長期間放置したことが、そのまま適法視されるかという疑問も当然ありうるし、まして本件の登記簿(一)に対しては、一元化を完了すべき期日(<証拠略>によると、昭和三七年二月二八日である。)から三年以上も経過した昭和四〇年四月一六日に至つて、所有権保存登記および本件根抵当権の設定登記の各申請がなされたのであるから、この時点では、その表題部の記載の真否の実質的審査は、登記官として当然なすべき調査義務の範囲に属するといわざるをえない。

そうすると、右申請の受理を機会として表示に関する事項につき調査権限を行使することなく、無効の登記簿(一)に本件根抵当権の設定登記をそのまま経由させた古沢出張所の登記官には、その職務を行うについて過失があつたと断ずるほかはない(原告の前記事実二8の主張は、かかる意味の過失の主張をも含んでいるといえる。被告が、事実三6のごとき反駁をしていることからしても、そう解するのが相当である。もつとも被告は、訴外高島の登記申請が不正なものであつたと論難するのであるが、これを認めるに足りる証拠はないし、仮にそれが事実であるとしても、登記官がその調査義務を免れる謂れはない。)。そして、登記官の右過失がなければ、本件根抵当権は登記簿(二)に経由され、原告の任意競売申立ても、換価・満足まで進行することに何ら支障がなかつたと考えられるから、登記官の過失と、原告の前記損害との間には、相当因果関係を認めて差支えないと思われる。

而して、登記官のする登記手続が国の公権力の行使にあたることはいうまでもないから、被告は、原告の損害を賠償すべき責任があることになる。

五  そこで進んで、原告が蒙つた損害の額を検討するに、本件根抵当権の対抗力が失なわれたことによる回収不能金額は、登記官の過失と因果関係のある原告の損害と捉えうることは既述のとおりであるが、原告が主張するように、本件貸金の全額がこれにあたるとすることはできない。

すなわち、まず第一に、本件根抵当権の設定は、原告が自認するように昭和四〇年四月一三日なのであるから、それより前の昭和三九年一一月三〇日に貸付けられたという金三〇万円は、係争の建物の担保価値を引当てとし、これによる回収を期待して貸し付けられたわけではない。したがつて、それが回収不能に終つたとしても、登記官の前記過失と通常の因果関係をもつ損害とはいえない筋合いである(当事者の後日の合意によつて、右三〇万円も本件根抵当権の被担保債権に含めることは可能であろうが、これによつて被告の賠償範囲が拡張されると解するのは、不合理である。)。

また、更に考えてみるのに、本件根抵当権の設定登記の申請に際しては、原告自身にも過失があつたというべきである。その根拠は、つぎのとおりである。

原告本人の供述(第一回)によれば、本件根抵当権の設定に先立ち原告は、「評価証明書をとり、訴外高島らと共に現地を見に行つたところ、二棟の建物が背中合わせに建つていた。南側の建物が担保価値が高いと思われたので、これを担保に取ることにした。評価証明書では、家屋番号第四番五の方が、第四番四よりも評価額が高かつたので、南側の建物が第四番五と考えた。」というのである。

しかしながら家屋番号は、建物の敷地の地番と同一の番号をもつて定められ、数個の建物が一筆の土地の上に存するとき、その他特別の事情があるときのみ、敷地の地番と同一の番号に符号を附する等の方法によるものなのである(法施行令五条。なお不動産登記事務取扱手続準則一三八条参照)。そうすると、原告が本件係争の建物の家屋番号を第四番五と認識したという以上、同地番上には、第四番一ないし四の建物が併せて存在すると考えるのが普通である。ところが本件の現地には、二棟の建物しか存在しなかつたというのであるから、一応この点に疑念を抱いて、訴外高島に質すなり、関係登記簿を精査して然るべきであると考えられるのに、原告がかかる挙に出たことを窺わせる証拠はないのである。したがつて、本件根抵当権の設定登記が登記簿(一)に経由されるについては、原告の過失も否定し去ることができないのである。そして、諸般の事情を考慮し、当裁判所は、原告が蒙つた損害の二分の一程度は、原告自身が受忍すべきものと考える(被告の主張三6は、かかる過失相殺の主張を含むものと、善解できる。)。

よつて、被告が賠償すべき原告の損害の額は、

1  本件貸金(九〇万四二六一円)から、昭和三九年中に貸付けにかかる金三〇万円を差し引いた残額(六〇万四二六一円)の二分の一、すなわち金三〇万二一三〇円

2  右三〇万二一三〇円に対する、最終の返済期限(昭和四三年八月五日)の翌日から、原告の任意競売申立て(昭和四八年五月二一日)の前日まで、一七四九日間の、日歩五銭の割合による約定遅延損害金二六万四二一二円(遅延損害金の率は、<証拠略>による。なお返済期限は、書替え後の手形の満期に従うのが相当であるが、非常に区々にわたるので、最も遅い満期のもの(<証拠略>)に統一することとした。)

の合計五六万六三四二円と認める(原告が訴外高島から約金三〇万円の弁済を受けたことは、原告本人(第一回)も自認するところであるが、これが前述の昭和三九年中の貸付けにかかる金三〇万円に充当されたのか、それ以外の元本部分に充当されたのか、あるいは利息損害金に充当されたのか、本件証拠上まつたく不明なので、被告が賠償すべき金額の算出に際し考慮することはできない。また、係争の建物が前述一6の強制競売手続において、幾許の価額で競落されたのかも証拠上明らかでないが、任意競売手続における評価額が金三二四万円であること(前述一5)から推しても、右五六万六三四二円が、係争建物の価額の範囲内であることは、疑いがない。)。

六  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、金五六万六三四二円と、これに対する訴状送達の翌日以降の遅延損害金の支払いを求める部分に限り、理由がある(本件訴状の被告に対する送達が昭和五一年六月二四日であることは、記録上明らかである。)。よつて、民訴法九二条を適用し、なお仮執行はその必要性を認めがたいのでこれを宣言しないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 春日民雄)

登記簿・台帳一元化実施要領(抄)

(移記の原則)

第五 登記用紙の表題部の改製又は新設をする場合には、原則として、台帳に登録されている土地又は建物については台帳に基づき、台帳に登録されていない土地又は建物については登記簿に基づき、新用紙に次の事項を移記するものとする。

一 土地については、現に効力を有する次に掲げる事項。

(1) 土地所在の郡、市、区、町村及び字

(2) 地番

(3) 地目

(4) 地積

(5) 未登記のものについては、所有者の氏名、住所若し所有者が二名以上のときはその持分(ただし、持分の記載のないものは、持分の記載を要しない。)

二 建物については、現に効力を有する次に掲げる事項。

(1) 建物所在の郡、市、区、町村、字及び地番

(2) 家屋番号

(3) 種類、構造及び床面積

(4) 建物の番号があるときは、その番号

(5) 附属建物があるときは、その種類、構造及び床面積

(6) 未登記のものについては、所有者の氏名、住所若し所有者が二名以上のときはその持分(ただし、持分の記載のないものは、持分の記載を要しない。)

2 前項第一号の(5)又は第二号の(6)の場合において、共有者氏名表があるときは、新用紙の所有者を記載すべき個所に「何某外何名」と記載するものとし、共有者全部を移記することを要しない。この場合には、共有者氏名表を台帳から除去し、新用紙の次に編綴するものとする。ただし、共有者が四名以下のときは、所有者欄に移記する取扱いをしてさしつかえない。

3 第一項の移記をする場合において、登記用紙の表題部に、不動産登記法第百三十七条若しくは第百三十八条の規定による建物の種類、構造及び床面積が設計書による旨の記載又は立木に関する法律第十九条第一項の規定による立木の登記用紙の表示、又は表題部欄外に旧自作農創設特別措置登記令施行細則第四条の規定による記載があるときは、それらの記載又は表示を、登記簿に基づき、新用紙に移記するものとする。

(類似登記用紙)

第七 台帳と登記用紙とを照合した結果、両者に表示されている土地又は建物について、その同一性を確認することはできないが、類似しているものと認められるときは、両者につきそれぞれ第五の移記をするものとする。

2 前項の場合においては、新用紙の第一葉上部欄外の地番又は家屋番号を記載する枠の右側に、「類似新用紙何番」とそれぞれ記載するものとする。

(二重登録・二重登記の場合)

第十 土地又は建物につき二重登録又は二重登記の疑があるもの(同一の地番若しくは同一の家屋番号の附されているもの又は二重登録若しくは二重登記の旨が符箋等により明らかにされているものをいう。)については、各台帳(未登記の土地又は建物については各登記用紙)に基づいて第五の移記をするものとする。

2 前項の場合には、移記した新用紙の第一葉上部欄外の地番又は家屋番号を記載する枠の右側に、「二重登記」、「何番と二重登記」又は「敷地番何番と二重登記」のごとく記載するものとする。

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